プロジェクトの紹介

このプロジェクトは、エジプト、ギザ・ピラミッド地区、クフ王のピラミッド南足元に設けられた石室(船坑と呼びます)の中に分解して収納されていた木造船・クフ王の第二の船を復原することを目標としています。

船坑の中に分解して納められていたクフ王第二の船(太陽の船)

この木造船は古代エジプトのクフ王(在位紀元前2589~2566年ころ)の葬祭のときに捧げられたもので、理想の来世に行きつくことができるよう、太陽神ラーとともに航行するために捧げられた船とする考えから、太陽の船と呼ばれています。

クフ王のピラミッド南面にはもともと2つの船坑が規則正しく並んで設けられていました。それらはそれぞれ40枚あまりの蓋石で閉じられていましたが、1954年、当時のエジプト考古庁により東側の船坑が開けられ、およそ30年の年月をかけ、収納されていた木造船(「第1の船」と通称されます)の部材の取り上げ、強化処理、組み立て復原が行われました。

エジプト考古庁によって組み立て復原されたクフ王第一の船

西側の船坑については、1987年に吉村作治先生率いる日本隊が川崎地質株式会社の協力を得て、地中レーダーを用いて蓋石を開けないまま内部の調査を行い、木造船の部材と考えられる反応を検知。第二の船の存在を指摘しました。同年、ナショナルジオグラフィック誌が支援する国際チームが蓋石に穴をあけ、分解した木造船の部材を視認。船坑が浸水した形跡があり、木の部材の状態が大変悪くなっている様子が報じられました。1991年、吉村隊は国際チームが蓋石に開けた穴から部材のサンプリングを行い、部材の劣化の程度や、船坑がすでに密封されていない状態にあり木材の保存に適した環境ではないことを明らかにしました。第二の船を守るためには、船坑から部材を取り出さなければなりません。またエジプト考古省はこの船を組み立て復原することを強く望んでいましたが、適切な方法を用いればそれは可能であるとの判断がなされました。

地中レーダーで船坑の中を探査

2008年、吉村作治先生率いる日本隊と、ザヒ・ハワスエジプト考古最高評議会事務総長(当時)率いるエジプト隊が、クフ王第二の船の取り上げ・保存修復・組み立て復原を共同で行うプロジェクトを発足させました。株式会社ニトリ(似鳥昭雄社長)がプロジェクトの支援をしてくださいました。

2009年、船坑の中の木の部材を安全に取り扱えるよう、船坑の上にバッファーゾーンを設けるための大型テント倉庫を建設しました。このテント倉庫は太陽工業株式会社の製品で、日本の外務省草の根文化無償資金協力の支援も受けました。また船坑の中を乾燥させないよう、株式会社木村工機製の強力な空調機・加湿機を設置しました。そして蓋石を取り上げるためのガントリークレーンをはじめとする施設を、日本の伝統的な技法を熟知した石工・戸田勝氏の指導のもとに作り上げました。

 完成した施設 中央のかまぼこ型の建物が大テント倉庫  奥の三角屋根の建物は第一の船が展示されていた博物館

こうして施設の準備を整えたのち、2010年に船坑の上に乗るピラミッド囲繞壁を解体調査して撤去。そして2011年に蓋石を取り上げて船坑を開きました。船坑は蓋石の代わりに取り外しが自在の板蓋で封じ、覆い舎でカバーして板蓋を開けるときはその中を空調して船坑の乾燥を防ぎました。

船坑の上をカバーする覆い舎 空調のパイプが延びる

2012年には木の部材のサンプリングを実施し、部材を強化する方法を検討しました。大エジプト博物館保存修復センター(エジプト)と(財)元興寺文化財研究所(日本)で行ったテストの結果、部材を取り上げ、これ以上形が崩れないようにするための応急処置(ファーストエイド)として、アクリル樹脂のパラロイドB72を塗布して使用することが決まりました。アクリル樹脂はあとから抜き取ることもできますし、形を直すこともできるのです。そして部材の船坑からの取り上げ、取り上げた部材の応急処置、測量は、2013年から本格化していきました。この時期、ギザのピラミッド地区の北西約2キロに、日本のODAも寄与する大エジプト博物館の建設が始まり、第二の船を含めたクフ王の2隻の船が、ともにこの博物館の目玉展示として収蔵されることとなりました。そして私たちの第二の船プロジェクトもJICA〔(独)国際協力機構〕の支援を受けることとなったのです。

応急処置に用いる化学物質の試験を視察する吉村作治先生

部材は大変弱くなっており、船坑の中であらかじめ部材一点一点にアクリル樹脂を塗布したり、和紙を貼り付けて表面強化をするなどして、丁寧に取り上げていきました。大きいものは長さが13メートルもあり、取り上げには10日間ほどかかりました。部材は全部で1700点にもおよび、すべての取り上げを終えて船坑の中のクリーニングが終了したのは2021年のことでした。

和紙を表面に貼って仮補強した部材(白色に見える)を船坑から取り上げている様子

取り上げた部材の応急処置は、エジプト人を中心に、日本人やアメリカ人も参加した、20名近くの修復家グループが手がけました。部材を強化するだけではなく、壊れた個所を可能な限り修復したり、変形した部材をもとの形に戻す作業も行いました。溶剤を吸わないようにマスクを装着しながら1700点の部材を処理していくことは、大変根気のいる作業でした。

部材の応急処置を指導する保存修復部門のエジプト人スーパーバイザー アイーサさん(右から二人目)
マスクをしながら一点一点根気強く丁寧に作業

応急処置を終えた部材は、次に測量をされます。測量には二通りの方法を用いました。一つは考古学で常道の、巻尺を使った手による実測です。細かいところまで観察しながらスケッチを描き、主要な寸法を採寸して、結果を図に描きます。もう一つのやり方は三次元計測です。レーザースキャナーでい着くかの方向から計測し、データを重ね合わせて(アラインメント)部材の三次元データを完成させる方法で、東京大学生産技術研究所大石岳史研究室の協力を得て行っています。

実測の風景
エジプト人スタッフに技術を伝えて三次元計測をする

これらの測量結果から、部材を組み立てて第二の船を復原すると、どのような姿になるかという復原考察を行うことができます。実測で得たデータからは、実物の1/10の大きさの復原模型で第二の船の姿を表します。三次元計測で得たデータからは、コンピューター内で組み立てのシミュレーションを行います。ですが、この組み立てはプラモデルとは全く異なります。まず第一に、プラモデルは完成図がありますが、第二の船には第一の船という姉妹船はあるものの、完成図はありません。次に、プラモデルは全ての部品の形が出来上がっており、手順通り接着していきさえすれば完成するのですが、第二の船は船体の船底板や舷側板はもともとはきれいな曲線を描いていたはずなのですが、今はみな平らになってしまっており、その曲線をいろいろとシミュレーションしながら、組み立てていかなくてはならないのです。

復原模型を作製中の考古部門のエジプト人スーパーバイザー マムドゥーハさん(右端)

測量を終えた部材は、第二の船が展示される大エジプト博物館の保存修復センターの収蔵庫に運び込みました。保存修復センターは365日、24時間、温度と湿度が適切にコントロールされており、部材を保管するには最適の環境なのです。

部材をギザ遺跡から大エジプト博物館に搬送する様子

ここまでの作業は、ギザ遺跡のクフ王ピラミッド南面の船坑およびその周辺で行ってきました。これらの作業を終えたのち、活動の場所を大エジプト博物館の敷地の中に移し、組み立て復原を目標とする作業に移ったのですが、そこからの活動は「現場からの活動報告」「これまでの活動報告」でご紹介していくことにしましょう。

(2023年8月、黒河内宏昌)

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